長湯温泉、ガニ湯の由来譚
豊後国直入郡長湯村(現大分県竹田市直入町)に伝わるお話です。
むかし「湯ノ原」の村中を流れる川に、大きな蟹が住んでおりました。
あるときのこと、川のほとりの湧き湯で湯浴みをしている村の美しい娘に見とれてしまいます。
大ガニは何とかしてその娘を自分の嫁にしたいと思うようになりました。
しかし、大ガニの姿では美しい娘を嫁にすることは叶いません。
「何とかして人間になり、あの娘を嫁にしたいものだ」と、
毎日悩み、呟くだけの日々を過ごしておりました。
川のほとりにあった寺のお坊さんがその呟きを耳にして、
「ありがたい鐘の音に百日(※1)耳を傾け、信心を深くすれば、おまえは人間に生まれ変わるだろう」と、言い聞かせました。
お坊さんの話に大ガニは飛び上がって喜びます。
そして、娘が湯浴みに来たときに、お坊さんのつく鐘の音を、毎日まじめに聞いておりました。
一方、寺のお坊さんもその娘の湯浴み姿を見て、その美しさに驚きます。
日々鐘をつきながら、次第に娘への恋心が強くなっていきました。
そして、九十九までついた日のことでした。
このまま大ガニに呉れてやるわけにはと、お坊さんは破戒(※2)の心がもたげ、
「この娘はわしがもろうた!」といって、娘に近づきました。
お坊さんが娘に近づいたその時です。
空はにわかにかき曇って大雨となり、すさまじい音を立てて雷が落ちました。
なんとも憐れなことか自業自得か、お坊さんと大ガニは雷に撃たれて、死んでしまいました。
この大雨の後、水が引いた川の中にあの大ガニの形をした大きな岩が現れ、中から無数の泡をともなった湯が湧き出ました。
以来、村人たちはこの温泉を「ガニ湯」と呼ぶようになったそうです。
本文註
※1)百回と百日とパターンがありますが、ここでは百日を採用しました。
※2)破戒
ひとたび授けられた仏教の戒めを破ること。
伝説の解説
場所 大分県竹田市直入町長湯温泉
時代 不明
話型 開湯伝説。仏教説話に身を借りた因果応報譚というところでしょうかw
哀れな大ガニ
開湯伝説には動物が関わる話が多いが、恋の病をこじらせた蟹とお坊さんの話は異色の伝説かもしれない。
お節介焼のお坊さんに巻き込まれた哀れな大ガニという笑い話と言えるだろう。
作用姫の様に大ガニが女性に思いを募らせて石になることはなかった。
このガニ湯は、現在も長湯温泉を流れる芹川の川べりにある。
周囲から見下ろされるので、入浴には大ガニよりも強い心が必要だ。
参考にした文献及びWEB頁
書籍 梅木秀徳・辺見じゅん 1980年 日本の伝説49 大分の伝説 角川書店 Pp.54.
電脳 Wikipedia、他
画像 大分県観光情報公式サイト